栃木県の中世城郭  

ガサいれ日記 ・・・ 過激文も多々あるかと思いますが、これが本心です!!!!



2025/12/25(木)
お城EXPO2025で 春風亭昇太さんという人  

テレビでお馴染みの春風亭昇太さんとは、「図説 栃木の城郭」を献本してから、なぜかメールをたびたびやり取りするようになった。
最初は、「このメール、本当に本人なのかなぁ?」と懐疑的だったが、メールを重ねるうちに、ご本人だと思えてきた。

それからは、図説 群馬の城郭 など、自分の関わった本をお送りした。
それに対しても、昇太さんはちゃんとお礼のメールをくれた。

そのうちに、昇太さんの方から、
渡邉さんにお逢いしたいんで、今年のお城EXPOで逢いましょう!」と言われた。
えーーー????

相手は超有名な芸能人である。
一般人の私と会う、と言ったって、「よくある芸能人の社交辞令だろう」と思っていた。

そうした中、別メールが来た。
「私の携帯電話です。
 090-〇〇〇。
会場についたらお手隙な時に電話くださーい」

えっつ、えーーーーー??

個人携帯??
芸能人が一般人にそんなもん、フツー教える???
やっぱり、この人、本当に昇太師匠なんだろうか?
またまた不安になった。
電話したって、どうせマネージャーかなんかの電話だろう、と思っていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

12月21日 お城EXPO 2日目、当日となった。
疑心暗鬼のまま、朝の5時に起きて、みなとみらい駅に向かった。
電車に揺られているその間、ずーっと、昇太さんが教えてくれた番号にいつ電話しよう?・・とばかり考えていた。

昇太さんの出番は、午後1時からだった。
いくらなんでも本番1時間前には、会場に入るだろう。
じゃあ、思い切って12時頃電話しちゃえ!と思って、12時5分に言われた電話番号に掛けてみた。

電話はすぐ通じた。

はい!あ、渡邉さん??

第一声で、昇太さんの声だと分かった。

私:「あれ??えっ、マジ??ほんと昇太さんですか??えっつ!?本物ですか??」

思わず叫んでしまった。
電話の先の相手は、まぎれもなく春風亭昇太さんだったのである。。。。
もう、ココでハイテンションになった。
昇太さんと直接喋れた。
話ができた。
本物だ!
もう、今日はこれで帰ってもいいや”、とさえ思ってしまった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

昇太さんと加藤埋文さんの講演が終わり、彼との待ち合わせは会場となった。

昇太:「渡邉さん、119番のブースの前で待っててください」
私:「分かりました」

でも、こんな人混みで待ち合わせて良いものだろうか?と女房と話した。
だって、相手は超有名人。
人だかりができて、私たち含め身動きが取れなくなるんじゃないか?
すごい、心配だった。

また電話が来た。

昇太:「渡邉さん、どこにいます?」
私:「えっつ?指定の場所にいますよ」
昇太:「ぼくも、いまその場所にいますよ」

えーーー!????
あたりを見渡すが、昇太さんなんか全然居ない。
私は、通話をしながら周りをキョロキョロ探した。
でも、居ない。

昇太:「あっ、渡邉さん居た、いた

と私の前に表れたのは、
女房と背丈の変わらない、眼鏡の無い黒Tシャツの小太りなオジサン。(ちょと失礼かもしれませんが)

「えーーー! しょ、しょ、昇太さん・・ですか????」

そうなのである。
昇太さんは、眼鏡をして羽織袴を着ると ”春風亭昇太” なのである。
でもTシャツの、この格好では、誰も彼に気づかないみたいだ。

昇太:「いまから楽屋行きましょか」
私:「が、がっ、がっつ、楽屋ですかぁ~」

夫婦二人で会場から楽屋に向かった。
その間、たぶん、誰も彼を春風亭昇太とは気づいていないと思われた。

会場の奥の特別な扉から、楽屋に入れていただいた。
◆楽屋入り口

それから先は、楽しく談笑させて頂いた。
図説栃木のお礼から始まり、担当した城の数や、私の縄張り図を書き始めたきっかけ、
昇太さんの講演で出てきた、大分県の佐野鞍懸城の話。
城巡りを忙しい高座の中、どのようにしているのか?
栃木だと、どこの城に行ったのか?
”最強の城”では、必ず自分が最後に聞かれるよう仕組まれている・・などなど

彼のパソコンを見ながら、話が尽きない。

◆楽屋で ・掲載はご本人の許可を得ています

その折々に、彼に、おそらく仕事の電話が入ってきた。
あまり長居は良くないな、と思って、言葉を掛けたが
「大丈夫大丈夫」
と言って、結局、20分ほど話し込んでしまった。

最後に、写真を撮らせていただき、握手をし、女房と楽屋を後にした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私にとって、夢のような時間だった。
彼と一緒に城見学をするのが、昔からの夢だった。
その夢に一歩近づけたような気がした。

「栃木に行ったら、ぜひ、ご一緒しましょう」

と、約束できた・・・果たせるかは分からない。
だけど嬉しかった。

 ◆掲載はご本人の許可を得ています


最後に、彼と話をしていて、この人は「中世城郭と縄張り図がマジですきなんだ」とわかった。
自称であるが、彼は空間能力が無いので、縄張り図が書けないそうである。
だから、我々の様な者のサイトや本を見て、城に行くそうである。

芸能人にも城好きな方はたくさんいらっしゃるが、
「中世城郭」という言葉を発した芸能人は、昇太さんが ”初” だそうである。
城は西日本がどうしても中心になる。
でも彼の目は、きっちり東国にも向けられていることが分かった。

50年、縄張り図と向き合い、それを描いてきた。
途中、城仲間の裏切りやバッシングに会い、心折れて、この趣味を断念しようかと思うことも何度もあった。
しかし、諦めずに続けてきて本当に良かった。

私は、この日の為に、この趣味を続けてのではないか・・・・

そう思える、一日であった。

昇太さん、本当に有難うございます。
そして、今度は本当に栃木の城をご一緒してくださいね!



2025/12/10(水)
茂木保の城館調査について

最近、茂木町の調査を始めた。
始めたきっかけは、茨城大学で出しているこの報告書である。
茨城大学学術情報リポジトリ←URL

この中に、下野国茂木保現況調査報告書があり、戦国時代、茂木氏が佐竹氏に従属したことから、茨城城郭研究会が中心に、
たくさんの城を町内周辺に見つけ、報告している。
微地形表現図が整備されていない時代に、この報告内容はとても素晴らしい。
それは大いに評価できるものである。


しかし・・・

筆者もこれを元に、茂木町の城を自分の目で幾つかトレースさせて頂いた。
その中で分かってきたのが・・・

    ”なんか間違いが多そうなのである”

例えば、
現場に無い遺構が、縄張り図として掲載されてしまっている(神井城)
遺構の解釈を、誤って描いている。(北高岡西砦)
調査範囲が不十分である(小家台城)

検証しきれていないので、全部が全部というわけではなさそうだが、どうも報告書の縄張り図精度には疑問がありそう?だ。
その理由としては、先述の微地形表現図の無い時代のものだと同時に、時間に追われ、〆切有りきの「事業」としての調査だったのである。
その様な背景から、調査の ”質” に懸念がありそうだ。

栃木県は私の大切なフィールドである
 このままでは、マズいだろう・・・・
栃木県茂木町周辺の城が、間違った解釈で判断されかねない。
個人的に、ちょっと危機感を感じざるを得ない状況だ。


よって筆者は、時間をかけて、これら報告書の縄張り図の見直しを行おうと決めた。
内容については、ホームページ本編や情報調査のコラムで語っていきたい。




2025/12/03(水)
クマなんか全滅しちゃえ!全滅
最近、クマの被害が増えた。
クマのおかげで、行きたい城に行けなくなっている。
クマなんかみんなぶっ殺して、全滅させてほしい。
だいたい、生態系に影響あるの?こんな獣。
日本狼だって全滅しちゃったんだし、問題ないでしょう。



2025/11/19(水)
体調 と 沖縄なんて大っ嫌い!
よもやま話でも書いたのだが、行きたくもない甥っ子の結婚式に、沖縄までわざわざ行ってきた。
行くまでにも、この件で、我が家内でホント色々な問題があって(長くなるので割愛)、ホンと~~~に行きたくなかった。
沖縄に行ったら行ったで、結婚式会場でムスッとした顔もしてられないだろう。
無理して楽しんでる風にしなくてはならない。
それもまたストレスになった。


沖縄から栃木に戻った2日後。
急に寒気がしてきた。
どうも風邪をひいたらしい。疲れかな?熱はさほどない。

女房は、俺が風邪になると俄然冷たくなる。
まるで、ゴキブリ扱いだ。
半分医療従事者みたいなもんだから、気になるのは仕方ないが。。。。

あまりに女房の扱いが酷いので、とりあえず、コロナかインフルかは、ハッキリさせようと医者に行った。
結果は、両方とも陰性。
女房は少しは安心したみたいで、俺に対する扱いが柔らかくなった。

しかし、ここからがイケない。
『熱が下がらない』のである。
医者から貰った薬はちゃんと飲んだ。
でも、微熱が37度前後が毎日続いた。
体は動くのだが、なにしろ倦怠感がハンパない。
ベッドで寝ているしかない。
もらった頓服の解熱剤を飲めば、少しは倦怠感も楽になるのだが、一瞬だけ。
そんなこんなで体温計と睨めっこの日々が続いた。

症状が出て、丸丸1週間が経とうとしていた。
医者から貰った薬も無くなってしまったので、再び医者に行くことにした。

先生に
「もらった薬を飲んでいるが、一向に良くならない。最初に来た時と症状は今も一緒です」
と半分怒りも含めてぶちまけた。
再検査もしたが、やはりコロナは陰性。
先生が、
「じゃあ、薬を変えてみますか?」
というので、抗生剤などの薬を追加してもらい、とりあえず家に帰った。
昼と夜、その薬を飲んだ。

そしたら、翌日の朝である。
なんか、体がスッキリしている。
熱もない。
昨日までがウソみたいだ。
こんな事、ある??
どう見ても、風邪は抜けたように思える。
新しく貰った薬が効いたのか?そもそも医者など行かなくても治る時期だったのか?
どちらとも言えないが、兎に角、体調は戻った。
しばらく医者にもらった薬を飲み続け、完治を目指すことにした。

風邪の原因は沖縄だ。
まちがいない。
沖縄の半袖で過ごせる気候から、栃木の寒い気候に戻った時の寒暖差に、体が反応したんだ。
+ストレス疲れもあるかもしれない。
とにかく、沖縄にいった事が原因であることは間違いない。。
金はかかるは、時間は掛かるは、おまけに病気になるわで、もう、コリゴリ。

沖縄なんて、本当に大っ嫌いだ。


2025/09/29(日)
モータースポーツって素晴らしい!
モトGP日本グランプリに行ってきた。
広いツインリンクは、本当に気分がイイ。
FP1から決勝までの3日間、朝早く起きて、3日連続で試合を見に行った。

今回は小椋藍席を大枚はたいて購入した。
藍選手に関しては、MOTO3・チームアジアの頃からのファンである。
若かった彼が、もうGPライダーである。
成長したよなー。
ただHONDAを離れた時は、裏切者ーっつ!って思ったが、子供のやりたいことをやらせてあげるのも親の務め。
そんな気持ちです。

でも彼、今回の茂木では途中欠場となったので、ふたたび、コノヤロー!
ファンシート、大枚はたいて買ったんだぞー!!って思ったが、
これからも、草葉の陰から応援します。


2025年8月23日(土)
栃木県の中世武士団と本拠・城館
8月23日、栃木県立博物館で、表題の講座に行ってきた。
大東文化大の落合さんという方のお話し。
西方、烏山、鹿沼の報告。
どれも興味のある話ばかりだった。

しかーし!!
会場に俺の大嫌いな ●口●●のバカがきているではないか!
来るなよ、おまえ。
栃木がけがれる。
帰れ!

また、落合さんの報告では、これまた絶縁した●藤●●のアホ名前が出てきて、
彼の本拠のモデルが素晴らしい!とか何とか言っちゃって、これまた気分が悪くなった。
本拠(城)を中心に、西に霊場があり、館の隣は阿弥陀堂、南にはお寺?がパターンという。
はぁぁぁ?
そんなわけねーだろ。
偶然だよ、偶然。
たまたまだよ、たまたま。
全部がそんなに当てはまるわけねーだろ!
強引に結び付けてるだけ!

落合さんらの話はおもしろかったが、何しろこの2人のおかげで気分は最悪。
講座が終わってから話したい人がいたけど、●口●●がいたので、速攻で帰りました。

あー!気分悪っつ!
おまえら、プーチン、ネタ二エフ、金正恩と共に消滅して欲しい。
まじで。



2025年6月20日(金)
鹿沼市役所いちご市営業戦略課広報 シカノツノタチ発信局に物申す! 

本当に、しょうもない内容なので、よもやま話に移動しました。⇒リンク
鹿沼の広報には、本当にガッカリだ。


2025年6月13日(金)
わたしの中世城観!

私が城で興味があるのは「縄張り」である。
ホームページの先頭ページにも書いてあるが、実は、城の歴史にはあまり興味がない。

もともと理系の人間であるというところ。
また、5月11日のこの日記にも書いたが、歴史学、特に文献史学に不信感を抱いているからだろう。
今までの歴史の教科書もしょっちゅう変ってるし、特に中世以前の歴史なんて、凄くいい加減にしか思えないのだ。

そこに城の遺構がある。
それはまぎれもない事実で、それを読み解くのが私の仕事だと思っている。
城の遺構は最終形態。
その縄張りに至るまでの経緯は、どんな縄張り調査をしたって語れないのだ。
つまり縄張り調査に、最終形態以前の歴史は語れず、無用なのである。
よく、昔の城の縄張り図・・・なーんて書いてある本やサイトを見るが、意味がない。
なんの根拠もない、ただの想像なのである。

どうしてこの縄張りは、最終的にこうしたんだろう、こうなったんだろう?
と考える事はとても楽しく、それでも分からないことが多い。
でも、それでも楽しいのだ。

繰り返しになるが、私は城の最終形態時の歴史以外は、全くと言ってよいほど興味が沸かないのである。


2025年6月8日(日)
熱中症

人生で初めて熱中症になった。
最近始めたシルバー人材の仕事で集草作業をしているが、この頃の5月~6月の暑さは半端ない。

昨日は、半日の仕事がおわり、休憩をしていたら、体が震え始めた。
そのあと、飲んだものを全て4回ほど吐いてしまった。
その後も震えが止まらず、なんとか車に乗り込んでエアコンをMAXで掛け、暫くじっとしていた。
震えが治まってきたので、車で何とか自宅へ帰宅。

ところが、家の前で車を降りようとしたら、今度は体が全身攣ってしまった。
手が動かない。
何とか携帯で女房に 「家の前にいるけど、体が動かなくて車からでられない」 と緊急電話を掛ける始末。
そのあとは、ソファで氷をあてがい、事なきを得ている。

ほんと、熱中症は怖い。
ちょっと、対応策考えます。



2025年6月3日(火)
この頃思う事 研究会活動

わたしはかつて(今でもいちおうなのかな?)城郭研究会に所属していた。
高校生~大学くらいまでは、その団体と活動を共にし、一緒に見学会なども良く行った。

ところが、大学も終わり社会人になってしばらくしたら、その活動を避けるようになった。
人と時間を合わせて待ち合わせ、何時何分の電車にのって、ここからはタクシー、乗合は誰と彼と・・・・
宿泊はどーのこーの、原稿はいつまでに、打ち合わせは何曜日・・・・
そして、夏場の都内での打ち合わせの後は、毎回みんなで飲み会。
そんなプランを考えたり、会合に参加するのが凄く嫌いになった。

もっと自由にやらせてくれよ!、そう思うようになった。

ある程度の自由なお金と車を手にしたからかもしれない。
もう、高校生みたいな仲良しクラブ活動は終わりだ!と思った。

それからは研究会には全く参加しなくなった。
今後も、復帰することもないだろう。
研究会の長老には「渡邉さんは元々一人になりたかったんじゃない?」と言われた。
そうかもしれない。
結局、本質的にグループ活動が苦手な人間だったのである。

今、会社を退職し、本当に自由な時間を手に入れた。
これからも勝手に、自分のやりたいことをやりたいだけ自由に城見学をやっていくつもりである。


2025年5月11日(日)
古文書って、そんなに凄いの???

わたしは城に関して、文献史学というものに不信感を抱いており、正直あまり・・・というか、だいぶ信用していなのです。

①1級資料とそれ以外。
よく、古文書は1級資料、江戸期に書かれた記録は2級資料などとマウントしているが、
所謂、1級資料と言われる古文書も、大河ドラマではフェイクの流布文書、たくさん出しまくってね
どうやって本物、偽物区別してんの?

②極めて断片的。
100歩譲って、文書が本物だとしてもです。
そこに書いてある事はほんの一瞬の出来事。
その日はそうだったかもしれないけど、次の日は変ってるかも。
その内容が継続するとは限らない。
その文書1つ、または部分的な物を幾つか繋ぎ合わせ、この城はああだった、こうだったって、都合よく語るの、おかしくない?


自分に置き換えてみてください。
若いころに書いた、または受け取った数枚の手紙をつなぎ合わせて、第3者に都合の良いように自分の人生を語られたとしたら、どう?
たまったもんじゃないでしょう。

なので、文献史学はダメです。

だから、古文書展示会?とかあるでしょうけど、興味のあるフリして行きません。
完全ベロ出してます。

やはり、歴史を証明、解明するのは絶対科学ですよ、科学!
今はダメでしょうけど、未来、きっとそんな時代が来るはずです。
なので、科学に期待しましょう。
いまは、分からないことだらけで良いんです。
無理に、歴史を継ぎ接ぎすんな!っちゅーの。



2025年4月7日(月)
4月になったが・・・

退職して半年が過ぎた。
いまだ、働く気になれず。
まだ、城が見れるからだ。
明日は最近はまっている真名子城に行ってくる。
其のあとは、高取、千早、和歌山城に遠征してきます。

働くのはそれが終わってからでいいや。



2025年1月15日(木)
年末と、2025年
年が明けました。(ちょっと言うのが遅いけど)

昨年暮れは、12月21日に横浜のお城EXPOに行ってきました。
「図説 栃木の城郭」を共著の余湖氏が、日本城郭協会に表彰され、彼のブースができました。
わたしは、そこで妻と本を販売させていただきました。
20冊用意しましたが、あっという間に売れてしまいました。
春風亭昇太さんも次の日ブースに来てくれたみたいですが、残念ながら私は会えませんでした。

翌日の22日は茨城県の茨城城郭サミットに行きました。
城郭サミットでも図説 栃木の城郭を販売ました。
茨城のサミットなので、栃木のほんなんか売れるの??と思いましたが、すぐに完売しました。
城好きの集まるところに行けば、本はすぐ売れちゃうんですね。

その流れで、2025年初頭は常陸大宮市の小瀬城で、お城ツアーをやるそうです。
私も、色々あったのですが、流れ的にそれに参加します。
1月18日、25日。
私は18日に参加します。

退職し、お城活動がたくさんできるようになりました。
でも、最近、このままでいいのかな?とも思います。

ま、とりあえず、暫くは好きな事、やらせてもらいます。

今年はどんな年になるのかな?
今のところ、不安より、期待の方が上回っています。


2024年11月16日(土)
那須烏山市 市民講座 飯村均さん
本日、那須烏山市で市民講座が行われた。
お題は「城ってなに?」である。
城郭本を出されている考古出身の飯村氏の城郭観とはどういうものだろう?
と期待を胸に伺ってみた。
”城とはなにか?”
常日頃私も思っている命題である。
自分を守るためのもの?家族を守るため?一族郎党を守るため?近隣住民を守るため?地域を守るため?
神社仏閣を守るためのもの?

どこまでが「城」で、どこからが「城でないのか」
非常に興味があった。

しかし、講座の内容は極めて基本的なことであった。
曲輪って?土塁って?堀って?
地方による城郭形態の差も語られていた。
せっかく北海道のチャシ、東北の城の形態は、こういう感じ・・で始まったのに、
関東から沖縄までは話がつながってしまって、
地域としての特徴がどうだったのかが、わかりつらかった。。

結局講座の中には飯村さんの ”城とは何?”=「城郭観」については、語られていなかった気がする。
一般的な、初歩的な話に終始したという内容だった。
よく考えてみれば市民講座である。
そんなニッチな話など出るはずもなかった。

しかし、飯村さんの説明は、柔らかく、とても飲み込みやすかった。

講演後、近くの馴染みの精肉店で買い物をし、帰路についた。

 



2024年11月13日(水)
ちょっと嬉しい話 春風亭昇太さん

9月頃だろうか、「図説・栃木県の城郭」の売れ行きがイマイチだ、という話が持ち上がった。
次回作「群馬の城郭」発刊が、この栃木の売れ行きにかかっているという事で、群馬の執筆者間で話が飛び交っていた。
売れない理由はなんだ?どうしてだ?こうなんじゃないか、あぁなんじゃないか?

私はこの会話に、一切関わらなかった。
もちろん売れた方が良いに決まっているが、この手の本は、本の売れ行きまで、著者側に責任は無いと思ったからだ。
本が売れるか売れないかは、完全出版社側のマネージメントの問題である。
 栃木本の作成時、群馬の企画などまだ無く、群馬本の発刊が栃木本の売れ行き次第などという話も聞いてもいない。
突然ふってわいた話だろう。
それなのに、栃木本の出版に関係のない第3者に、あーだこーだ言われることがとても腹立たしかった。

そうは言っても、少しは何かできないか?と、マスコミ関係に声をあげることにした。
まずは、お城と言えば、笑点でおなじみ”春風亭昇太師匠”である。(まあ、高橋英樹さんという手もあったが)
ファンレターと称し、日本落語協会を通して、彼に献本してみた。
その他、とちぎテレビ、栃木放送、栃木新聞、U字工事の番組投稿・・・メールしまくって、
とりあえず栃木関連に宣伝をやれるとこまでやってみた。

・・しかし、結局、一般人の情報など相手にもされるわけもなく、どこからもレスポンスの無い時間が過ぎていった。
マスコミ・芸能界なんて、こんなもんだ・・・・と思っていた。

ところがである!
11月13日。
私のパソコンに1通のメールが迷い込んできた。
送信元に 「春風亭昇太」 の文字が。。。

「え??ほんと??」





内容は、

「すみません、だいぶ前の話になってしまいましたが「栃木の城郭」を送っていただきまして、ありがとうございました。 縄張図は大好物なので楽しく読ませていただいています。関東のお城はテクニカルで良いですね。 まだ見ていないお城が多いので本を参考にさせていただいて訪城したいと思います。 以前から渡邉さんや共著の余湖さんのホームページを拝見させてもらっていたので嬉しかったです。 余湖さんにもよろしくお伝え下さい。 遅くなってしまいましたがお礼まで。   春風亭昇太」(原文)


えーっつ! 目を疑った。
まじ、やばい!

このメール、ホントかしら? マネージャーさんかな? と思い、
「すみません、あなたは本当に昇太さん?」というメールにも、ご返事をくださった。
「本物です」と。

よく考えれば、公開などしていない私のPCアドレスを教えたのは献本の時であり、 他の人からメールが来るわけがない。
我々のホームページの存在を知っていることからも、かなりのマニア。
本当に、ご本人からのメールであろう。
メールの一文だけではあるが、本当に嬉しかった。

昇太さん。
ご丁寧に有難う。
私は、落語も城も、あなたのファンで居て本当に良かったです。



2024年10月30日(水)
施設入所と介護 その2

両親を宇都宮の施設に入れ、約2週間ほど経った。
面会を2回ほど行ったが、あれだけ施設入る事を嫌がっていたお袋の態度が豹変。
周りの人たちが優しいので、とても生き生きとしている。
逆に、父親は記憶障害なので、毎日自分がどこにいるかわからないらしい。
このあいだも、部屋のゴミ箱に小便をしていたという。
部屋の中にあんなに立派なトイレがあるのに。。。

我々の生活も変った。
両親の家に設置していたスマートカメラの監視から解放された。
遠く宇都宮から埼玉を監視する呪縛から解き放たれたのだ。
ヘルパーさんの来る時間前に外出される困るので、頻繁に電話をかけていたが、それも辞められた。
お金はかかるが、もう、施設に全部お任せである。
あとは、少しでも慣れてくれるよう、祈るばかり。

少々、子供としては冷たい対応なのかもしれないが、昔のままだったら我々も自爆していたと思う。
私たちの判断は正しかった。
これでよかったんだと思う。




2024年10月05日(土)
施設入所と介護

両親を宇都宮の施設に入れることにした。

さぁ、来週入所だ!という矢先、二人がコロナに罹患!

え~!!!

おかげで入所までお願いしていた、ヘルパー、デイサービスはみなキャンセル & 契約解除。

再入居までは、家族で面倒見るしかなくなった。

今、埼玉の両親の家で介護している。


実は今日はモトGP 日本グランプリの日。

明日の本戦もふくめ、俺のチケットは海の藻屑となった。

去年も全く同じ モトGPタイミングで両親がコロナになった。

しかも看病中に私も罹患し、最悪の事態になった。

祟られたモトGP。


今回は絶対移るまいと、手袋、マスク、消毒液を大量入手。

さぁ、再入所までどうなるか。。。。。



2024年9月12日(木)
小谷城!

念願の小谷城に逢いに来ました。

ここで、お市、浅井3姉妹が、手厚く私の退職祝いしてくれました。

思わず、石垣にKISS。

 

鎌刃城には登れませんでした。スタンプだけ押して退散!



2024年8月18日(日)
悪いこと言わないから、夏の調査は辞めなさい

夏になっても山城などの城郭縄張り調査をする人たちがいるが、。
夏は、毛虫、マダニ、ヤマビル、獣、ハチ。。。危険がいっぱいである。
この時期に山を踏査されている図は、はっきり言って草葉の陰に潜む遺構を絶対見落とす。(本人の経験)
本人判断なのだろうが、悪いことは言わないから、草木に埋もれた中世城郭の夏の縄張り調査はやめなさい。
図の正確性も落ちる上、きっと事故にあいますよ。
経験者は語る。

とにかく夏は事故やケガが起こりやすいです!
前例から立ち入りが制限されてしまったら、訪城予定していた人の迷惑になります。


2024年8月18日(日)
退職手続きも終わり・・・
退職手続きもほぼ終わり、落ち着いた。
あとは、ほぼ辞めるだけ。

従来であれば、本日がお盆休みの最終日。
だが、わたしは明日もお休みです。
このまま8月もほぼお休み。
そのあとは、一生お休みだ。


2024年6月29日(土)
退職手続き
Xにも書いたのだが、8月末に退職するので、総務から手続きの書類が届いた。

それがスンゴイ量で️本みたい❗️
しかも退職手続きの説明会はないという。
20本くらい動画だけ見て、それを個人で見て理解し、書類は1月後に出せという。

コレが40年以上勤めてきた者に対する仕打ちか??

もう仕事どころじゃなくなった。
上司に相談し、結局、今かかわっている仕事は全て離脱。

こればっかりは、誰にも頼れないしね。



2024年5月2日(木)
ついに発刊 図説 栃木県の城郭

苦節一年。
ついに発刊の運びとなった。
マニアにはそれなりに楽しめる仕上がりになっていると思う。

ただ、値段は高いし、縄張り図が主体の本なので、決して売れる本とは思えない。
でも、皆さんぜひ購入いただいて、ご笑覧いただきたい。

栃木県の城をこれだけ網羅した一般販売の本は無いと思う!




2024年2月23日(日)
おいおい!

西方城の調査報告書が届いたんだけど、内容がムカつく。

「ぜひ使わせてください!」っていうから、栃木市に頼まれて図面提供は快諾したのだが、
中身をみたら俺の図面が加工され、しかも図面として不完全のように紹介され、
こともあろうに、その原稿は、かつてその性格の悪さに絶縁した SS が書いていたのだ。
こいつの原稿になるんだと知ってたら、提供なんかしなかった

あー、大失敗!
おもしろくない。

今度から、ちゃんと使用目的を確かめてから図面提供しよう。
もう、こんな報告書読む気もしない、むかつくだけ!
価値ゼロ!ごみ!

さっそく栃木市に抗議した。
第2版など、改定の際は、当方の名前、図面を一切合切、消去することを願い出た。
担当者は非を認め、削除に了解をもらっている。



2024年1月7日(日)
栃木から

2024年が明けました。
今年は退職の年です。
いまは、仕事も忙しく、親の認知も進み、それが悩みです。
いったいどんな年になるか。。。

初詣は、宇都宮の多気山神社に行きました。
今日は、佐野の唐沢山神社に行きました。
宇都宮氏系の神社と、後北条氏系の神社、両方に拝みました。
喧嘩しなきゃいいけど。


2023年3月2日(木)
ふたたび栃木へ

4月に栃木へふたたび戻ることになりました。
埼玉に来て早5年。
いつかは戻ると決めておりましたが、少々早くなりました。
しかし、問題がいろいろ発覚し、まずは当方のみが単身で戻り、しばらくしてから家族全員が戻る予定となりました。

このサイトをご覧頂いたみなさん、(そんなにたくさんはいらっしゃらないと思いますが・・)、たいへんお世話になりました。
また、栃木で会いましょう。



2023年1月4日(水)
謹賀新年

2023年になってしまった。
埼玉に来て、五年が経ってしまう。
埼玉の城行きたい城が見つからなくなった・・・というか、大体見尽くした感がある。
最近は、無理くり行っている感じで、心が踊っていない。

当方の夢は、春風亭昇太と城見学を一緒にすることであるが、
こんな埼玉のマイナーな城ばかり見ていては、現地で偶然に遭遇することもないだろう。

諦めてやっぱり、一人で城を巡るとするか。。。。



2022年7月8日(金)
安倍元首相銃弾に倒れる

安倍元首相が、参院選の最中、応援演説中に狙撃され、亡くなった。

アメリカで無差別発砲が叫ばれる中、なんと日本で起きた衝撃的な事件だ。
元自衛官の犯人が、改造拳銃で狙撃した。
散弾銃ではなく、スラグ弾という一発を狙った弾丸で、無差別ではなく、安倍さんを狙い撃ちだ。
日本には銃刀法というものがあるが、それも及ばないのか?
こんなプラモデルみたいな作り物の銃で、日本でも人の命が奪えるなんて、今の世は恐ろしい。

愚策も多かったが、がんばりは感じられる政治家だった。。
安倍さんのご冥福を祈る。
合掌。